大町防空監視哨跡
この地には、第二次世界大戦中の昭和十五年頃、敵味方の航空機の動向を地上から確認し、敵機来襲をいち早く関係機関に通報するために、防空監視哨が設けられていました。各家庭等の燈火管制が始まったのもこの頃です。当時この地は、周囲一Km以内には、ほとんど人家がなく、静寂な地でありました。
防空監視の任務に従事した人は、哨長と班長が予備役の元軍人、他の哨員は、大町市内及び近隣町村の若者達でした。各班八名の五班が編成され、二十四時間体制で、二名若しくは三名の交代勤務で監視にあたっていました。
昭和十七年以降は、空爆が激化しはじめ、監視哨の役割はより重要なものとなりましたが、昭和二十年、ついに終戦を迎え、監視哨もその役目を終えました。
この監視哨を戦争の悲劇を伝える数少ない名残として、永久の平和を願いたいものです。